嬉しいお便り

大学時代の学友から便りが届きました。私の新作を読んでくれたとのことです。ご感想はAmazonのレヴューだけでなく、これまでも、いろいろな形でいただいていましたが、手紙でいただくというのは、その方の近況もよく分かって、また別の嬉しさがあるものです。

せっかく褒めていただいたので(笑)、感想部分のみを抜粋してご紹介させていただきます。

 

遅ればせながら、「時鳥たちの宴」の感想をお送りします。

まず、丁寧な描写が印象的でした。

大学3年の1年間が、季節の移ろいとうまく関連させて描かれていると思いました。抑制的でありながら、心の様を言葉で表現し尽そうとする姿勢に、「あなたは真面目ですか」と問われているような気がしました。理知的に、真面目に、愛と恋を描いた小説に、大変好感を持ちました。

 

2006年10月16日の京都新聞の文化欄に、精神分析学者の立木康介氏が、「社会を覆う『デビリテ』」と題してーー私たちは今日、”本来なら心の中にしまっておくべきことを語ること” をもてはやす文化のなかに身をおいているのではないか。ーーという言葉から始まるコラムを書いていました。印象的だったので切り抜いておきましたが、言うまでもなくその傾向は強まるばかり。でもやはり、心は大切なものをしまっておくべき場所のはず。

作品冒頭の、「それはもう、ずっと昔、インターネットも携帯電話もなく、誰もが、あらゆるものに直に触れて、辺りに漂う幽かなものを五官に感じながら暮らしていた時代のこと」という、お伽話を語るような文に、現代への批評を感じました。

 

我々の学生時代を背景に描かれているのには驚きました。描写のあちこちに当時の香りを感じました。大学紛争の名残は寮ではまだ色濃く、悩み多い毎日の中で、一番疎かにしていたのは学問だったと思います。懐かしさは後悔や辛さとセットです。過去を丁寧に思い出す作業は、自らの痛みと対峙することでもあります。強靭な精神をもっていらっしゃるからこそ、小説家になれるのですね。

 

作品の感想というよりも、私自身の話が多くなってしまいました。しかし、私にとっては、自身との対話を強いられた作品であったということです。

緋野さんのご活躍を、滋賀の地から応援しています。   K.A

 

 

私は強靭な精神など持ってはいません。ただ、自分の人生で出会った課題に、自分なりの答えを出したくて、書き続け、考え続けているだけです。ともあれ、K.Aさんのお便りには多々、励まされました。

また、本を読んで感想を書くということは、読む人が、自分自身を書くということでもある、という思いを強くしました。K.Aさんだけでなく、これまで多くの方々に、いろいろな視点からのご感想をいただきましたが、それらのご感想を読ませていただくことで、私は読者さん、ひとり、ひとりに、出会えた気がしています。

「ああ、この方は、そこに、そのように感じられたのか」と、その方独自の視線を感じることは、私にとって新鮮であり、喜びでした。

K.Aさん、それから、ご感想をくださった他の皆様にも、心から感謝しています。 ありがとうございました。