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小説の森で - 2.文学としての小説

さて、天下の最高学府の堂々たる文学士・坪内逍遥様が、人情世態などを描く

という庶民小説に手を染めた時、世間の驚きはいかほどだっただろうと想像す

ると面白い。文化とは常に、旧来の常識(思い込み)を打ち破って進化するも

のだという好例だろう。


 逍遥は、小説とは『人情世態を模写し、人の心目を悦ばしめ、且その気格を

高尚にする』芸術だと言った。そして二葉亭四迷がその模写の意味をさらに深

め、『虚相を写し出す』こととしたのだった。けれども二人に少し遅れて現れ

た若者、北村透谷は、『心目を悦ばしめ、気格を高尚にする』といったような

 快楽と実用 とは、芸術の効能としてはあっても 、文学の本体ではないと主張

した。文学の本体はあくまで詩人自身の内部生命にあると。


 彼のさしている詩とは、形としてのいわゆる詩に留まるものではない。小説

もその底にあるものは詩だ。言うならば、長大な詩なのだ。だから、小説家も

広い意味では詩人であると言える。

透谷は、現実的・時代的ないかなる制約にも囚われることのない、人間という

存在が本来持っている、宇宙の精神につながるような自由な想の世界(内部生

命)を重視した。そして、その自由な精神から人生・世界を見ることによって感

じとられる、理と美を詩に描きとるのが、すなわち文学であると考えたのだっ

た。彼の『内部生命論』の表現は難しいけれど、私はそのように解釈した。日

本における純文学概念の最初の確立は、ここにこそあったと私は思っている。


 その後の長い歴史の中で、作家たちの激しい試行錯誤が展開され、「小説と

いう文学」の中身はさまざまに変遷し、枝分かれしてきた。それでもある時期

までは、文学には文学としての意味が追求され、作家たちは真剣にそれに対峙

してきたと思う。それが、マスコミの商業主義とつき合い始めた頃から崩れて

しまった。今では小説をすべて文学 と呼んだり、物語小説だけを文芸 と呼ん

でみたり、一定の傾向を持つものをノベル と言ったり、○○小説 と小説の頭に

○○をつけたり..訳が分からない。

また、同じ呼び方でも人によって異なる意味に使われたりと、ますます混迷の

度合いを深めているように見える。


 小説・文学・文芸・ノベル・・・言葉には一定の定義がほしいものだ。この

異形の森を眺め回すと、ため息がばかりが出てくる。文学としての小説の樹は

どこにあるのか? たまにそれらしいものを見つけるが、たいていは樹と呼ぶ

には寂しいような、か細い木が多いように思う。

 そして、何より残念なのは、自分自身がその文学の樹を植えられないことだ。

力が足りない。まったく、まったく、情けないことだ。